• 小説 星と陽の間で
  • 夫のシンガポール赴任に伴い来星することになった主人公・映子が、シンガポールと日本の価値観の間で揺れ動く。 そんな映子のこれから始まるシンガポール生活への不安や困惑、希望を描いたストーリー。

星と陽の間で 第17話


前回までのお話
シンガポールに来ることが楽しみなことが端々からこぼれている夫だが、訪問した美子宅で家事や育児を手伝わないことを指摘され、美子に対して良い印象を抱いていない様子。
ヘルパーさんを雇うことについても美子に対する敵対心で反対しているのか、自分の本心で否定的なのか…




「っていうかさ、お手伝いさんいたら映子なにすんの?なんかやりたいことでもあんの?
時間をお金で買うって簡単に言うけどさ、美子さんのところのご主人は社長さんだろ?
俺、頑張ってるって言ってもただの会社員だしさ、普通の会社員がお手伝いさんなんて雇えないっしょ、いくらかかんのよ。

すっかり外国での生活も身に付いた人からしたらさ、俺なんていつの時代のヒトなの?!って思われるんだろうな。
俺は田舎から出てきたからさ、古き良き日本の母親の姿しか知らないわけよ。
俺の知ってる主婦ってさ、母さんと姉ちゃんぐらいで、二人とも一人でなんでもやっちゃってんの。できちゃってんの。
姉ちゃんなんて男の子三人育てながら畑も手伝ってPTAの役員もやってんの。それが普通の主婦なんだろうな、って思ってた。
なのになんで映子にはできないの?お母さんもそばに住んでるのに。
それを簡単に『映子ちゃんもヘルパー雇ったらいいじゃない』とか言ってくれちゃってさ…」

「別にお手伝いさん雇いたいわけじゃないんだけどな。
でもあったかいお茶は飲みたいかな…」

「映子のやりたいことってそれ?!そんなのいつでも飲めるじゃん!お手伝いさん雇ってまですることじゃなくない?仕事するとかならわかるけどさー。」

やっぱり夫はなにも分かっていない。
子供が寝たのを見計らって家事をしている私を彼は知らない。
寝かしつけに成功し、掃除機をかけるのをためらっている私のことも知らない。
洗濯物を干している途中でも泣き声が聞こえたらそれを中断し、子供のもとへ急ぐ私のことも知らない。
お茶を入れても座って飲むことはできず、子どもを抱きながら冷たくなったお茶を立ったまま飲んでいる私のことも知らない。

お母さんだから仕方ない、と思ってきたけれど、もしかしたら私を縛っているその鎖は私自身が巻きつけたものかもしれない。

…変わりたい。
ここなら私は変われるかもしれない。

美子さんと話したことや、久々に夫と長い時間一緒に過ごしたことで普段気づかないふりをしていたことが次々に輪郭を表して私の前に現れてきた。

「パパって私のことなんにも見てくれてないよね。
私がいつも一人でどんな風に、どんな思いで芽衣を育ててるのか全然わかってない!わかろうともしない!!

私たちの為に毎日頑張って働いてくれてるのはよくわかってるよ。そんなパパに家事や育児をもっと手伝え、なんて言うつもりもないよ。
でもね、もっと私のことを見てよ!私との時間をもっと大切に過ごしてよ!
このままじゃ日本を離れて外国で暮らすなんて出来ないよ。
シンガポールに来たら私の味方は耕平くんだけなんだよ。
私、ママも友達もみんな日本に置いて行くんだよ!
せめて耕平くんの心だけでも私のそばにいてよ!
母親じゃない私のこともちゃんと見てよ!」

ダメだ、止まらない。
今まで気付かない振りをしてきた自分の気持ちが、マーライオンの吐く水のようにとめどなく吐き出された。

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