• 小説 壁 - 教師の私 駐妻の私 -
  • 夫のシンガポール駐在に帯同するためにキャリアを諦めて来星した主人公・奥野 貴美子。慣れない子育てと初めての海外での専業主婦業により、今までの生活とは全く違う生活に自分自身の存在価値を見失いかけていた。そこで夫から提案されたヘルパー雇用という道。奥野 貴美子はヘルパー雇用を通してどう変わっていくのか。

壁 - 教師の私 駐妻の私 – 【第1話】

奥野 貴美子 35歳 

生後2ヶ月の娘を連れて夫の転勤に伴い、半年前に来星。
夫は3歳年下で日系企業に勤務、夫婦仲は良好。
来星を期に天職だと思っていた小学校教諭の職を辞し、子育てと主婦業に専念している。

在職中は児童と共に目標を掲げ、その目標を達成することに特に喜びを感じてきた。
みんなで何かをやり遂げる素晴らしさ。成し得た時の満足感。
これ以上の幸せはないのではないか、とさえ思うほどだった。

毎日ToDoリストにやるべき事を書き出し、達成したものに線を引いて消していく。
終わった時の満足感を味わうために。
在職中はそれが私のモチベーションだった。

主婦になり、子どもを産んだ。

同じように日々のやるべきことを書き出すのだが、書き出したリストの内の半分も終わらない。
前日やり残したことが雪だるま式に増えていく。
何かを始めようとすると娘が泣き出す。

予定の時間に娘が寝てくれない。

あと少しでアイロンをかけ終わるのに泣き出した。

授乳してから起きるまでの時間を計算したはずなのに。

娘が生まれてから何一つ思い通りにいかない。
何も終わらない、何も満足しない。

シンガポールに来てからというもの、何もかもが上手くいかない。

こんなはずではなかったのに。
私はこんなに何もできない人間ではなかったはずなのに。

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。