• 小説 壁 - 教師の私 駐妻の私 -
  • 夫のシンガポール駐在に帯同するためにキャリアを諦めて来星した主人公・奥野 貴美子。慣れない子育てと初めての海外での専業主婦業により、今までの生活とは全く違う生活に自分自身の存在価値を見失いかけていた。そこで夫から提案されたヘルパー雇用という道。奥野 貴美子はヘルパー雇用を通してどう変わっていくのか。

壁 - 教師の私 駐妻の私 – 【第5話】

「そういうもんなのかなぁ。貴美ちゃんの気持ちはわからなくもないけどね。でも誰が育てても自分の子どもは可愛いんじゃないの?僕自身にとってさくらのメインの保育者は貴美ちゃんだけど、僕は貴美ちゃんと同じぐらいさくらのこと愛してるよ。日本で保育所に子ども預けて仕事してる人も間違いなく自分の子どものことを愛してるよ」

「だって孝志くんは父親でしょ?それに保育所に預けてる人も家に帰ったら自分でお世話してるよ。でもヘルパーは他人で、しかも外国人でしょ。どんな子に育つかわかんないよ。
昔、帰国子女の子の担任した事あるけど、なんだろうな、マイペースというかなんと言うか…。我儘とかそういうのじゃないんだけどね、子どもなんだけど「自分は自分」っていう意識をちゃんと持ってて。どうサポートしたら日本特有の右向け右の集団生活に溶け込めるのかって悩んだもん。しょっちゅう担任から電話とかかかってきたら私自信失くしちゃうなぁ」

やっぱり赤の他人に我が子の世話を任せるのは不安要素が多すぎる。家族以外の人間が身内のように子どもを育てることなんて不可能に決まってる。所詮父親は母親ではないからそんな風に考えられるんだ。長い間お腹の中で育み、生まれてからもいつも一緒に過ごしている母親に比べると情が薄れるのも無理はない。
本当に誰が育てても我が子は可愛いのだろうか。

「ははは。ヘルパーに育ててもらわなくてもさくらは日本に帰ったら帰国子女だよ。なにも丸ごとやってもらわなくてもいいんじゃないの?
お世話したいならさくらのお世話は貴美ちゃんがやって、ヘルパーには家事をやってもらったら貴美ちゃんは育児に専念できるんじゃない?
もちろん僕がいる時はできる限りのことをするけど、やっぱり会社に行ってる間は貴美ちゃん一人だし、僕が出張から帰ってきた時の疲れっぷりは尋常じゃないからきっと留守を守ってくれている間、すごく気を張ってるんだと思う。誰か助けてくれる人がいるなら僕は少し安心できるな」

「でも私、専業主婦だし…みんな育児も家事もちゃんとやってるし…私だけできないからヘルパー雇うなんて…」

そう、みんなやってることなのに。私に子どもを預けてくれていた保護者たちも仕事や介護をしながら母親業やPTAの仕事をやっていた。

なのに、この私が家庭に第三者を介入させるなんて。

みんなできていることなのに私だけができない。私だけが…。
お金を払って他人を頼り、自分は楽をする。
そんなことが許されていいんだろうか。

貴美子は何とも言えないやるせない気持ちに包まれた。

第6話に続く

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