• 小説 壁 - 教師の私 駐妻の私 -
  • 夫のシンガポール駐在に帯同するためにキャリアを諦めて来星した主人公・奥野 貴美子。慣れない子育てと初めての海外での専業主婦業により、今までの生活とは全く違う生活に自分自身の存在価値を見失いかけていた。そこで夫から提案されたヘルパー雇用という道。奥野 貴美子はヘルパー雇用を通してどう変わっていくのか。

壁 - 教師の私 駐妻の私 – 【第6話】

【前回までのお話】 第5話はこちら

親が身を削って子どもを育てなければならないという先入観。
親以外の人間が自分の子を育てるということに対する嫌悪感。
みんなができていることなのに自分にはできないと認めることへの敗北感。

いろんな壁で自分を囲っていることに気づかずにどんどん息苦しくなっていく主人公・奥野 貴美子はどうやってその壁を打ち砕くのか

「できないから雇うんじゃないと思うよ。貴美ちゃんが嫌なら無理に雇う必要もないと思う。
でもね、もしヘルパーを雇うことで貴美ちゃんがさくらとの時間を楽しいって思えるならそれは必須なんだと思う。今の貴美ちゃん、シンガポールも育児も楽しめてないように見えるんだ。仕事も辞めてもらって友達も知り合いもいない外国に連れて来ちゃったのは僕だしね。もしヘルパーを雇うことで貴美ちゃんの笑顔が増えるならそれは必要経費だと思ってるよ」

「シンガポールも育児も楽しめてない、か…。そうかもね…」

「僕はヘルパー雇う、に一票!」

「でも住み込みだよ。一緒に住むんだよ?あの部屋だよ?」

狭くて薄暗いあの部屋に人が住めるとは思わない。住まわせる事にも抵抗がある。

「確かにね。あの部屋に住んでもらうのはちょっと抵抗あるけど…お友達のところはどうしてるの?」

「同じようなヘルパールームに住んでるって。本人に聞いたら個室がもらえるならそれでいい、って言われたらしいよ。それに自分の国の家よりはるかに恵まれてるからいいんじゃないか、って。電気もガスも水道も簡単に使えるんだから、って」

「どんなところから来てるんだろうね、ヘルパーって」

「シャワーは雨水とか、屋根はあるけど壁はないとか言ってたわ」

「秘境?」

「秘境かどうかは知らないけど文化の差は大きそうね。特にミャンマー人は電化製品が苦手って言ってた。どんな生活なのか全く想像できないわ」

「でも知らないなら教えてあげればいいんじゃないの?逆に1から自分で育てる、っていうか。そのためにシンガポールのことについて色々学んだり、そのヘルパーの国について学んだり、どうやって指導するのか考えたり。そういうの得意じゃない?」

「得意っていうか…本職」

「だよね。仕事してる時の貴美ちゃん、僕は好きだな」

そうだった。私の夫はこういう人だ。あまりにも何もかもがうまくいかず、私は彼のことまで勘違いしていたようだ。自分たちの力ではどうにもできないから第三者を介入させて急場しのぎで私の気を逸らせるつもりなのかと思っていたが、彼はヘルパーを雇うことで母としてだけでなく、一人の女性としての自信を取り戻させようとしてくれている。
人間として私のことを尊重してくれているんだ。

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